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逆浸透膜とは?

1. 逆浸透膜の歴史

1950年

米国内務省塩水局(OSW:Office of Saline Water)が、米国における将来の水不足を解決するために、海水から安価に真水を得る方法を研究開発するために国家予算を計上。その予算額は最初の5年間で250万ドル(約9億円)を投資した。(1ドル=約360円)研究開発に投資された脱塩法は多段フラッシュ法・蒸発法・電気透析法・冷凍脱塩法・イオン交換法・逆浸透法であった。

1953年

フロリダ大学物理化学化のReid教授が逆浸透法による脱塩の可能性を提案。その時の大学院生のBretonらが、各種の高分子膜を用いてテストした結果、酢酸セルロース膜が半透性を有することを発見した。

1960年

カリフォルニア州では、州独自に水不足解消対策として海水淡水化の研究開発を行なっていた。その中でカリフォルニア大学のLeobやSourirajanが100気圧で、食塩排除率98.6%、透過水の流速0.3×10-3cm/secの異方性構造を有する酢酸セルロース膜の開発に成功した。

1962年

米国政府は、5年間で7500万ドル(約270億円)の予算を計上。本格的に海水淡水化用逆浸透膜の開発を開始した。(1ドル=約360円)

1965年

米国では酢酸セルロース膜方式の海水淡水化プラントが稼動し始め、以後、中近東地域などで海水の淡水化が広く実用化された。

1970年〜

日本では、米国の酢酸セルロース膜式逆浸透技術の特許を導入し、国内各社で酢酸セルロース膜系の商品開発が活発が活発に行なわれた。米国では、さらに進化したポリアミド重合膜という高性能合成高分子膜が開発され、さらに海水淡水化装置の普及が促進された。

1980年〜

日本では、(財)造水促進センターが中心となって、米国に遅れをとっていた海水の一段淡水化技術開発を進め、中近東を始め世界各地で日本製の海水淡水化装置が稼動し始めた。米国では、さらに進化したポリアミド重合膜式淡水ろ過膜が開発され下水処理水や高濃度汚染地域の飲料化が始まった。

1991年

世界における海水淡水化プラント容量は534万m3/日になった。(全淡水化プラントの33%)

1992年11月

日本での逆浸透プラントの設置容量も48万4130m3/日になった。(超純水分野での稼動が大部分)

2000年

沖縄本島において人口の増加、経済の発展、観光客の増加等に伴って1972年4万m3/日の水需要であったが1988年には42万m3/日となり水需要が2倍に増大した。 1977年厚生省委託による第一次沖縄本島海水淡水化計画調査が(財)造水促進センターにより行なわれ、1997年沖縄県北谷町宮城に国内最大(生産水量4万m3/日)のポリアミド重合膜を用いた逆浸透膜方式の海水淡水化が完成した。 総事業費は約347億円(国庫補助85%)であった。 海水淡水化イメージ


1. 逆浸透膜の歴史
2. 逆浸透膜の原理
3. 逆浸透膜の構造
4. 逆浸透膜の応用


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